People who are related to interior インテリアンな人々 第2回 Scheme インダストリアルデザイナー 笠井 義和さん

「インダストリアルデザイナー」という職業をご存じだろうか?
海外では、"ID(アイディー)"という名で呼ばれるほど、一般的であるのだとか。手元の辞書によると、インダストリアルデザイナーとは"工業製品を企画・設計する仕事"とある。ちなみに工業デザインはプロダクト、トランスポーテーション、ファニチャー等を統合したものを指す。
今回インタビューさせていただいた笠井さん自身も、家具や電化製品などさまざまなものを手掛けているという。日本では、まだ馴染みのない名称かもしれないが、私たちの生活にはとても密接な仕事なのだ。


今回は、そんな「インダストリアルデザイナー」として2007年に独立。Scheme designを立ち上げ、活躍する笠井 義和さんにインタビュー。驚くほど多彩なエピソードを聞かせていただいた。このひとつひとつがあったからこそ、今の彼があるのだというのがとても伝わってくるはずだ。

interior(n)interview 自分の作った物で、人の心を動かしたい!

今回のインタビューで笠井さんに出会ったのは、あるインテリアのイベントでのこと。出展している彼のブースをまず訪ねた。そこには2脚の椅子。「One」と「flow」という彼の作品が置いてあった。


通りかかる人は、まず椅子に触れる。手触りを確かめはするが、すぐに座ることはない。だが「どうぞ座ってみてください」と彼が声をかけると、ちょこっと腰掛ける。すると皆、何かしらの反応をする。驚く人、自分の率直な感想を言う人、思わず笑っちゃう人など、人それぞれの反応。そんな様子を見ながら彼は、「座ってくれる人から直接もらう反応が面白いんです」と語る。

彼は、自分の創った物で「え、これ何?」と人が驚いたり、コメントしたりという、そこから始まるコミュニケーションを楽しみ、自身のプロジェクトに反映させているのだそうだ。そのためつくる物には、ちょっぴりシャレを効かせた遊びの要素を入れるよう心がけている。

たとえば「One」。パイプでできたこの椅子は、よく見るといくつものパイプがひとつにつながっていることが分かる。"一つの「わ」の中で混ざり合ういくつもの線は人とのツナガリ(link)をあらわす"という彼の思いが込められている椅子だ。
そんなこの椅子、実はひとつで2パターンの座り方ができる。ひとつはスツールタイプの"vertical"、高いところにピョンと飛び乗りちょっと腰掛ける座り方。もうひとつは、ラウンジタイプの"horizon"という深く腰掛ける座り方だ。どちらもそんなに珍しい座り方ではない。でも座ってみると「あ!」と感覚的に思い出す「懐かしさ」があるはず。それこそが彼なりの遊びゴコロなのである。


「計算された美しさを求めるより、感じたことをそのまま表現し、それを使ってくれる"人"と一緒にデザインを共有したい」
という笠井さん。もちろんすべてのプロダクトにおいて、そうできるわけではないだろう。けれどもそういう気持ちを忘れたくないのだと彼は話す。

そんなふうに考える彼がインダストリアルデザイナーとして、またこの仕事に就くまでどのような道のりを歩んで来たのか? それは、「まずはやってみる」という彼の言葉どおり、非常にアクティブな道のりであった。

interior(n)interview スタートは、フロリダ・マイアミだった

インダストリアルデザイナーとして、すでに10数年活躍している笠井さん。そんな彼がインダストリアルデザイナーを目指すことになったエピソードについて、話をうかがった。

彼がまず将来を意識したのは、中学校3年生の頃。設計士や時計職人を祖父に持つ彼にとって、何かを真似るのではなく、自分で一から生み出すということはごく自然のことだった。そういうこともあり漠然とではあったが、美術の方面に進もうかなと考えていたそうだ。
その後高校へ進学、そして卒業を迎える頃、免許を取りに行ったところである話を耳にする。それはカリフォルニアにあるアートセンターの話だった。情報として耳に入ってきた内容から、日本の教育とは違う印象を受けたという笠井さん。「アメリカを見てみたい!」その時、彼はそう思ったのだそうだ。しかしすぐにその機会は巡って来ないまま、数年が過ぎた。

「その頃から、イタリアやアメリカ系のプロダクトに憧れがありました。本を見ては、本場で勉強したい、やっぱりアメリカに行きたいと思っていました」
そしてついに、彼は渡米を決意。まず目指したのは、マイアミだった。

「最初は語学留学が目的だったので、日本人のいない、気候の良い場所という条件で探したんです。そしたらマイアミが候補になって。実際に行ってみたら、とにかく見るもの全てが新鮮でした。あっという間にその魅力にハマりました!」
マイアミといえば、アール・デコ建築の街として有名である。パステルカラーの建物やカラフルなネオン、建物の曲線美や丸窓...彼が渡米前に見つけた本『DECO DELIGHTS』に登場する街並みがそのまま存在していた。
アメリカで本格的に勉強しよう。ここから彼の挑戦が始まった。その頃を振り返り、彼自身もあの時が自分にとっての転機だったと語る。

「マイアミでホンモノに出会って、実際に触れてみて、自分もこういうものを創りたいと思うようになりましたね。ここからアートスクール(美大)に進もうと思い、その準備に取りかかりました」

入学に必要な試験は2つあった。作品とそしてTOEFLだ。作品はすぐに合格したそうなのだが、留学生に必要なTOEFL試験は、なかなか手強かった。数回挑戦したその後、1995年ついにTOEFL合格。専門学校等を経て、晴れてPratt Institute, Brooklyn NYに入学が決まった。ようやくデザイナーとして歩む道が開けてきた瞬間だった。彼はそのときの合格通知を、今でも大切に取ってあるのだと話す。それは彼にとって、大事な一歩の証なのだった。

interior(n)interview ニューヨーク時代のかけがえのない出会い

ニューヨークでは、いろんな人に出会い、さらにホンモノに触れる機会も増え、とても刺激的な日々だった、と彼はその頃を振り返る。と同時に、自分を見つめ直す場面や大変なこともたくさんあったそうだ。

入学したPrattでは、ハーマン・ミラー社のGoetzソファを生んだマーク・ゲッツ氏や、ノール社のデザイナー、ブルース・ハナー氏など、すでに第一線で活躍している名の知れたデザイナーたちが講師となり、教鞭を取っていた。自分で考え、一から創り上げることを大事にする先生、ビジネスの観点からデザインを捉える先生など、皆大事にするものはそれぞれだったが、どの先生も一流のプロだった。その中でもマーク・ゲッツ氏は彼にとって最も印象深い先生なのだと言う。

「あるとき、出された課題の英文の意味を捉え違えてしまって。課題の主旨と微妙に違う物を創ってしまったことがありました。そんなときゲッツ先生は、もう一度アメリカ人の友だちに課題の内容について聞いてみろ!と。やっぱりプロには微妙なニュアンスの違いが分かるんですよね。先生として全体を見る力がある。悔しかったし大変でしたけれど、そこから学んだことは大きかったですね」

言葉にすると微妙なニュアンスの違い。日本人同士だってありえることだ。でもその結果違う物が出来上がってしまうというのは、プロの仕事では絶対に許されない。当時は言葉の壁もあり大変だったことだろう。しかしそれが今に活きていると彼は話す。
「今でも、何か依頼を受けて創るときには、相手の要望はもちろんのこと、相手自身のことについてもしっかり知ってから取りかかりたいと思っています。きちんとコミュニケーションしたいんです。なので正直なところ、"とりあえず創ってみて"というのは苦手ですね...(苦笑)」

物を創るとき、つい独りよがりになってしまうことがある。でも使う人、それを創って欲しいと依頼する人...など、本来何かしら相手がいるものだ。人とコミュニケーションする物づくり。そこにつながるエピソードなのではないだろうか。

interior(n)interview 究極の"人が住む環境"を作る

インダストリアルデザイナーとして仕事を始めてからは、どんなことにも挑戦したという笠井さん。これまでに手掛けてきたものは、実に幅広い。インダストリアルデザイナーとして、家具や電化製品、雑貨などを手掛けるほか、グラフィックデザインやWebデザインなど、さまざまな角度から"デザイン"ということに携わっている。 そんな彼に、今一番興味のあることは何か?ということを尋ねてみた。

「今は、家具に興味が向いていると思います。そして特に"椅子"ですね。椅子って、人に一番近い家具ですよね。人とコミュニケーションが取りやすい!(笑)また、床に座る生活が基本だった日本人にとっては、椅子って特別な家具だと思うんですよ」

今回出会ったイベントで展示していた椅子からもそれは非常に伝わってくる。彼は、今後どんどん家具の制作比率を上げていきたいとも話していた。
そしてさらに、これからの夢についても尋ねてみた。

「究極の"人が住む環境"というのを創ってみたいと思います。都市デザインとかそういうことになるのかもしれないですね。もちろん1人ではできないと思いますから、その道のプロをキャスティングして、大きなプロジェクトを組んでみんなで創り上げたい。そして、その環境がそこに居る人にどんな影響を与えるのか?できれば、そこに居る人たちがその環境を通じて元気になってくれたら、さらにうれしいですね!」

彼の夢のアイデアは、やはり椅子から始まっている。そしてそれを使う最適な空間づくり。さらにその空間がある家づくり。その家がある環境づくり。そうしてどんどん夢は広がっていくのである。


彼の世界には、いつも"人"がいることが基本だ。"人"を軸に考えられる、さまざまなプロダクト、アイデア。
今回のインタビューを通して、まさに"「人」からはじまるインテリア"を感じるインテリアンに出会うことができた。これからの彼の制作活動に次はどんな"人"が登場するのだろうか。今からとても楽しみである。

Scheme design
http://www.aka-scheme.com/

インダストリアルデザインを中心に、家具、家電、グラフィッ ク、パッケージ、ウェブ、エディトリアル、コンサルティング等、2次元から3次元ま でデザイン分野において幅広い活動を行っている。

Scheme

笠井 義和さんのライフバランス

起床
何もしない2時間をつくる
FMラジオのクラシックを
流しながら、出かける準備
朝、コーヒー2杯は飲むのだそう

出勤
50分の通勤電車の中では、
アイデアスケッチを


出社
打ち合わせやオフィスでの
制作など

都内であれば移動は自転車が多い
普段目に入らないようなものを
見つけられると楽しい

帰宅

笠井 義和さんへQuastion

Q.
普段からいつも持ち歩いているものは?
A.
・電車用スケッチブック
 普段、通勤電車の中で
 アイデアスケッチしています
・メジャー
 どこでも物を測れるように、
 カギにつけて持ち歩いてます
・腕時計
 時計職人だった父方の祖父が
 作った時計です
・ペン(ペンケースに入れて)
 使い勝手、書き味はもちろん
 フタの開閉時のカチッという小さな音
 なんかも気に入っています
・ノート
 無地の物がいいです
笠井さんが普段から持ち歩く物
・カメラ
・スケジュール帳
・携帯電話
・携帯音楽プレイヤー
など
Q.
気分が乗らない時、行き詰まった時の解消方法は?
A.
中学の頃から、サーフィンをやっているので、今でも波に乗っている時というのは、自然と対話できる、没頭できるいい時間です。リフレッシュにはなりますが、波乗りはもう自分にとって日常のひとコマと言ってもいいくらい身近なものなので、行き詰まって気分を変えたい!という場合には、街に出て音を聴くようにしています。

たとえばハードコアやJAZZなど、ジャンルは問わずライブを聴きに行き、そこで生の音を聴いたり、人に会ったりするとパワーがもらえるんです。

あとは、ニューヨーク時代を思い出すとか(笑)。あの頃大変だったけど、クリアできたじゃないか!とか思って、自分を追い込みます。
Q.
一番最初に手掛けた仕事は?
A.
学生の頃、初めてお金をもらった仕事なんですが、中目黒にある「シンガポールナイト」というバーの改装です。
お店が閉店する朝7時から、次のお店が開店する夜7時までの12時間しか作業時間がなくて、ビックリでした。
すでに常連客が多く通う雰囲気のいいバーだったので、その世界観を壊さないように...というプレッシャーもありましたね。今でもたまに、お店には行っています。 中目黒のバー「シンガポールナイト」の改装
Q.
気がつくと身の回りに集まっている物は?
A.
出先で見つけたポストカードや、宿泊したホテルのボールペンは相当あります。そのほかに定規とかコンパス、メジャー等いろいろ集まってしまいますね。
でもそのわりには使い慣れているのが良くて、結局同じモノを使っています。

それからミニカーなんかも気がつくと増えています。また祖父の影響で時計も好きですね。古いモノが基本的には好き。
古くに作られているモノは、素材が違うんですよね。昔は良い素材がたくさんあったというよりは、モノが贅沢に作られていて、余計なモノは付いていない。機能的にもすごく考えられているんですよね。
Q.
ON/OFF問わず、普段から大事にしていることは?
A.
人との関わりがやっぱり大事ですね。
できるだけ話をする。仲間(友人やクライアントさん)はみんな僕の宝ですから。
そしてモノを見る時は、必ず触ったり、
匂いを嗅いだりするようにしています。

あとは自分が手掛けたもので人を驚かせる、そんなちょっとした笑えるワル企み的な要素を忘れないということでしょうか。
実は会社の名前にしている「Scheme」には、計画・企画という意味のほかに、"謀略"みたいな意味もあるんですよ(笑)。
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