「デザイナー」という職業は、さまざまなジャンルで携わる人がいる。たとえばグラフィックやウェブ、そしてファッションなど、ここには挙げきれないほどの領域で、「デザイナー」は活躍している。むしろ、どんなジャンルでも必要とされるのが「デザイナー」なのかもしれない。
今回ご紹介する、小林 幹也さんはその中でも"プロダクト"や"家具"のデザインを得意とされている方。私たちの暮らしに身近なものをデザインしていらっしゃるので、彼のプロダクトを目にしたことがある、使ったことがあるという方は、きっと多いと思う。
そんな彼が「デザイナー」を志したのは、18歳の頃。それまではサッカーひと筋だったという彼がこの仕事を志すきっかけとなったのは何だったのか?
まずはそこから話を進めていきたい。
冒頭のとおり、小林さんが「デザイン」や「デザイナー」という仕事を意識したのは、高校3年生、18歳の頃。これから進路を考えるという段階になった時に、彼はある雑誌記事と出会った。それは本当に偶然だったと、当時を振り返る。
「当時、武蔵野美術大学の教授だった島崎 信先生(現同大学名誉教授)の椅子に関する記事を拝見しました。人は一日の中で椅子に座っている時間って長いですよね。椅子は人の生活をさりげなく支える道具なんだということを知って、それから"椅子"に非常に興味を持ちました」

これまでも、"人の暮らしや生活に影響を与える仕事"を意識していたという小林さん。
たとえば高校時代にプロを目指すほど打ち込んでいたサッカー。そのサッカーもまた、人の暮らしに少なからず影響を与えるものだった。欧州や南米では、毎週試合が行われ、それを地元の人たちがこぞって応援に駆けつけるというくらい愛されているスポーツだ。そのためか、結果によっては地元の皆さんが迎える1週間をハッピーに過ごせるか?を左右するくらいの存在でもあるのだそう。そんな大げさに言えばファンの1週間に影響を与えるほどの"サッカー"のプロ選手になり、みんなに元気やパワーを与えたい。前述の雑誌記事に出会うまでは、そんなふうに考えることもあったのだという。

「島崎先生の記事を読んで、"人の生活を支える仕事"であるデザイナーという職業を知りました。そして、あらゆるものが誰かによって"デザイン"されている。それも初めて気がついたことでした」
しかしなぜ「デザイナー」だったのだろうか?"椅子"を作るのであれば、椅子を作る家具職人などを目指すという選択肢もあったのではないだろうか?
「家具だけに限らず、それを使う空間のデザインもしたいと考えていたからです。また、木素材だけでなく、いろんな素材に触れていきたいと考えていたのも理由のひとつです」
彼自身が考える「デザイン」とは、自分が作ったモノや空間で、使う人にポジティブな感情や作用を生み出すということ。元々彼の想いにある"人の暮らしを支える"ということが、インテリアの魅力でもあると彼は語る。

こうしてデザイナーの道を進み始めた小林さん。
進路を決めた高校3年生から予備校に通い、その1年後に武蔵野美術大学に進学。念願のデザインの勉強に励む日々を迎える。そうして2003年、在学中に手掛けたある椅子がコンペで入賞。その賞をきっかけとして、さらにデザイナーの道が切りひらかれていくこととなる。
前述のとおり、今の小林さんの活動につながる一歩は、ひとつの椅子がきっかけだったのだそうだ。それは「MOV(モヴ)」というユニークなかたちの椅子。

「"すわるかたち"というテーマのコンペのために製作した椅子です。海で子どもが使うということを想定して作りました」
ひと目見ただけでは、椅子とは思えないかたち。けれども砂浜に差すと簡単に椅子に変身する。また座面を下にして置けばカラーコーンとしても使える。2本立てて使えば砂浜でサッカーなどをするときのゴールにもなる。これは子どもならずとも目を引きそうな印象だ。
何だろう?と使う人の心が動かされる(=move)というところにコンセプトがあり、名前の由来にもなっているという。

「この椅子を作る時には、職人さんとの関わりで勉強させていただいたことがたくさんありました。この椅子を一緒に作っていただいた職人さんは、大学の先輩。車関係の仕事をされる機会が多く、プラスチックのプロフェッショナルのような方です。そういう方と一緒に仕事するということで、学生の自分には学ぶことが非常に多くありました」
デザインすることだけでなく、職人さんと一緒になって作り上げていく楽しさも知った小林さんは、その頃を振り返り次のように語る。
「今思うと、この椅子が自分のデザイナーとしての道を広げてくれたんじゃないかと思うんです。この椅子が2007年のミラノサローネサテリテでDESIGN REPORT AWARDのファイナリストに。その後、海外で仕事をするきっかけにもなっていますね」
上の言葉のとおり、今や国内だけでなく海外でも仕事をする機会があるという小林さん。大学を卒業してからこれまでには、どのような道を辿ってきたのだろうか?

「卒業後は、フィールドフォー・デザインオフィスというインテリアデザインの会社に入り、アシスタントとして働いていましたが、在籍中に"UKI HASHI"のプロジェクトが始まり独立する方向に進んで行きました」
そこでの仕事を経て、2006年に独立。社会に出てわずか1年ほどで独立することになったわけだが、そこにも「UKI HASHI」というプロダクトが大きく関わっていたのだという。

プロダクトを通して道を拓くきっかけをつかんでいるという印象を受けたのだが、そこには人との出会いやつながりがあり、そのおかげだと彼は話す。
次は、独立後彼が携わった仕事や印象深いエピソードを紹介していこう。
小林さんがこれまでに手掛けた仕事のジャンルは、実に幅広い。大まかに分けると、家具やプロダクトがメインなのだが、使う素材はもちろん、それが作られた目的なども多岐にわたる。

ひとつひとつ写真を見ながら説明していただいたのだが、非常に興味深い。奇をてらったものというよりは、人に寄り添うようなものが多いと感じたのだが、そんな中から特に印象的なものをいくつかご紹介していきたいと思う。
「そよ風が撫でて削り取ったようなディテールで構成しました」と小林さんが語るのは、SOYO Shelfというシェルフ。本を読む時に隣にあったらいいな。そんなふうに思えるシェルフを作りたかったのだという
「外で心地よい風に吹かれながら本を読みたい。それを実現するため、そよ風が撫でて削り取ったように、さりげなく部材の内側の角を曲面で面取りすることでそれを表現しました。また、置かれる室内での収まりも考え、外側のフォルムは真っすぐなままのフォルムとし、内側のみ加工を施しました。実際に本など物を入れる部分の面は水平垂直なので機能面でも問題ありません」


丸みがあり、優しいイメージを持ちながら、きちんと使う場面を考えた家具作りが行われているのである。
彼のこのシェルフは、2008年、国際家具デザインコンペティション旭川で入選を果たしている。
しかしこのシェルフに隠されたエピソードはまだ続く。実は2010年秋に、小林さんがデザインとディレクターを務める「HARU(陽)」という新ブランドとして、カリモク家具から発売が予定されているのだが、そこにつながるまでには、偶然の、そしてデザイナー冥利に尽きるエピソードが待っていたのである。
「旭川のコンペで入選した後、旭川の家具メーカーさんとの商品化を考えていましたが、思った以上に高価な家具になってしまうなどネックになることが出てきてしまって。結果、商品化を見送ることになりました。
そんな時に、東浦カリモクの加藤 洋社長からコンタクトをいただきました。旭川で行われたコンペの作品展でSOYO Shelfを見かけて名前を控えていてくださっていたそうなんです。
また、お互い一番好きな椅子がハンス・ウェグナーの"CH-20"ということにも、縁を感じましたね」
そんな思いがけない出会いと縁により、SOYO Shelfのカリモク家具での商品化の話が進んでいった。前述のとおり、この秋にSOYO Shelfをはじめ、彼のコンセプトを継承した椅子やソファなど10アイテム以上のシリーズが発売される予定だ。

すると、またここでひとつの出会いがあったと語る小林さん。
「カリモク家具からの商品化が決まった頃、旭川の匠工芸さんから、SOYO Shelfのことで連絡がありました。しかも匠工芸さんは、わざわざ旭川から東京まで駆けつけてくださったんです。驚いたと同時に嬉しかったです。その後、匠工芸さんとはダイニングチェアやテーブルの開発を行いました」
SOYO Shelfが運んできた次につながるチャンス。彼は"縁に恵まれている"と話すが、きっと彼自身の実力による賜物なのだろう。
また、旭川つながりというわけではないが、2010年に発表されたばかりの「kime」もぜひご紹介しておこう。
「kime」は、小林さんが旭川のドリーミーパーソンという会社とともに取り組んでいるブランド。その名のとおり、木の魅力を生かしたモノづくりを行っている。

「kimeには、"肌理"と"木目"という2つの意味があります。靴べらや栓抜き、爪楊枝立てなどがラインアップにありますが、すべて木の"肌理"と"木目"を生かして作られています」
木はひとつひとつ違い、同じ顔はないと語る小林さん。取材中、時計を手に取って説明してくださったのだが、確かに同じプロダクトでも、生かされた"木目"がひとつひとつ違うので、プロダクト自体の表情も微妙に変わる。もちろん触り心地もそれぞれに違う。
「木を知り尽くした旭川の職人さんが、丹誠込めて作っているプロダクトです」
見て触ってその魅力を感じる。「kime」ブランドの良さはそこにあるのではないだろうか。

このように人の暮らしの中にさりげなく存在する家具やプロダクトを作り続ける小林さんは、自分の仕事「デザイナー」について、どう捉え、感じているのだろうか?
「デザイナー」という仕事は、一般的に華やかな印象があると思う。しかし小林さんの話をうかがっていると、それだけではないのかもしれないと感じた。
それは彼に尋ねた「仕事をする中での嬉しい瞬間は?」という質問の答えにあった。

「自分が考えたデザインが商品になり、そしてそれがユーザーさんの手元に渡って、いろんな反応や声を聞けた時が嬉しいですね。でも同時に、商品を作るまでに多くの方が関わっていますので、しっかりと長く売り続けられるものを作り上げていきたいです」
常に全力で真面目に向かい合うからこそ、自分を追い込む気持ちにもなってくるのだろう。気持ちが上がる瞬間と自分を追い込む焦りは、紙一重ということである。デザイナーに限らず、売るためのモノを作る人というのは、そういう気持ちになることは必至なのかもしれない。
では今後、小林さんが挑戦してみたいことというのは、どんなことなのだろうか?インタビューの最後に尋ねてみた。
「乗り物のインテリアに興味があるので、リニアモーターカーのインテリアなどをやってみたいと思います。仕事柄、東京から地方に出張することも多いので、乗り物はよく使うんですよね。また、元々サッカーが大好きなので、スポーツ関係の仕事はぜひ取り組みたいです!以前、サッカーボールを手掛けたことがありますが、そのほかにも道具や競技場のデザイン...など、いろいろやってみたいです」
乗り物や競技場の空間は、人と直接つながる場所だから...と語る小林さん。彼がデザイナーを志した頃から持ち続けている「人の生活を支える」という想いは、これから彼が目指す夢にも生き続けているようだ。

「作って終わりではなく、そのモノづくりの背景をしっかりとユーザーの皆さんに伝えて共感してもらい、長く使ってもらえるようなモノづくりをしていければと思います」
ワクワクすること、心が温かくなること、いつまでも使いたいと思うこと。
使う人にポジティブな感情を生み出すモノづくりを目指す小林さんの挑戦はまだまだ続く。
デザイナー 小林 幹也
http://www.mikiyakobayashi.com/
1981年東京都生まれ。
2005年武蔵野美術大学
工芸工業デザイン学科卒業、
インテリアデザイン会社勤務後、
MIKIYA KOBAYASHI DESIGN設立。
家具、プロダクトからインテリアデザインまで幅広く活動。国内外の様々な企業と
プロジェクトを手掛ける。
2010年ドイツIF DESIGN AWARDにて
金賞を受賞。
ドイツRED DOT AWARD受賞など
受賞歴多数。

起床
出社
打ち合わせやデザイン作業
事務所下の1階
ビストロcoupeで昼食
21:00-24:00の間に業務終了


最近というわけではないですが、迷った時に手に取るのが「柳宗理 エッセイ」です。
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