People who are related to interior インテリアンな人々 インテリアプランナー 株式会社フィールドフォー・デザインオフィス 志村 美治さん

インテリアデザイナーとしてこの世界で仕事を始め、今ではもう少し視野を広げた立場でインテリアに関わる「インテリアプランナー」として活躍する、株式会社フィールドフォー・デザインオフィス 志村 美治さん。業界ではすでに大ベテランの志村さんだが、新しいことへの好奇心や挑戦はさらに広がっているという。また、今だからこそ見えてきたこともたくさんあるのだとか。

日本が「インテリアデザイン」を意識し始めたその頃からともに歩んできた志村さんが、これまでに影響を受けたことや考えてきたこと、そして手がけた仕事は、この業界に身を置く人にとって非常に興味深いことだろう。
またそうでない人にとっても、自分のやりたいことを実現するということについて、心に留めるものがきっとあるはずである。

interior(n)interview インテリアをプランニングする

今回の取材の冒頭で、「志村さんの仕事は何と表記しましょうか?」とお尋ねした。「○○デザイナー」という名称の○○に入るものをご相談しようと思っていたのだが、志村さんからの答えは「"インテリアプランナー"でお願いします」ということだった。
「インテリアプランナー」。聞いたことがあるような、ないような...。まずはそこから話をうかがうことにした。

"インテリアデザイン"とひと口に言っても、手がけることはさまざまである。家具やカラーをセレクト・コーディネートしたり、設計・デザインしたり、あるいは建築家とプロジェクトの上流から話をしたり、その仕事の境界は実に曖昧であるという。確かに、建築家・グラフィックデザイナーのようにその作業範囲を明確にイメージするのは非常に難しい。そこで"インテリアデザイン"を大きく捉え考えていく存在として確立したのが「インテリアプランナー」なのである。

「昔は、建築家が建物の設計からインテリアまで、すべてやっていたんです。その後"インテリアデザイン"というものが考えられるようになり、仕事が細分化してきました。しかし今また、デザインの多様化により回帰してきているように思います。
では、"インテリアデザイン"とは何か?私は、建築と人をつなぐものだと考えています。つまり、その空間で過ごす人がどうしたら居心地良いと感じるか?そういうことを考え、実現するのが"インテリアデザイン"であり、それを考えるのがインテリアプランナー、インテリアデザイナーの仕事なのです」



では、インテリアプランナーとインテリアデザイナーの違いは何なのだろうか?

「インテリアプランナーは、その名のとおり"プランニングする"のが仕事です。色・形などのデザインだけでなく、人間が過ごしやすい空間をゼロから作り上げる。建築に近いところにある仕事かもしれません。一方インテリアデザイナーは、デザインを設計し、訴求していくのが仕事。手法や技術を磨き、実際にカタチにしていく立場です」

"インテリアデザイン"を捉える時の視点の違いというのが両者の大きく違うところだろうか。その視点の違いということでいうと、建築家ともまた似て非なる視点を持つと志村さんは話す。

「建築家は、都市の中での風や光、インフラの流れから建物の構成を考えていきますが、インテリアプランナーはそこに居て感じる手触りから、そのプランが始まります。私自身も、たとえば天井高10mの空間を考える時、足裏に感じるディテールはどうだろう?ということを思い巡らします。こういうふうに両極が離れているのは私のファームの特色かもしれませんね。
そういうふうに考えていくと、洋服とインテリアは同じなのでは?とも思います。洋服がずっとひろがったら空間になる。だったら狭小のインテリアは洋服なのかもしれないねという話を友人とすることがあります」


そんなふうにインテリアを捉えている志村さんに、その魅力を尋ねてみた。

「インテリアとは、人との"間"を埋めてくれるものだと思っています。なので、人が関わることにより、機能し動き始めます。そこにとても魅力を感じますね。人がいなければ、"間"はただ空っぽなだけなんです」

志村さんは、インテリアをプランニングする時にも「人がそこに居る時にどう感じるか?」ということをまず最初に考えるという。

「たとえば病院のインテリアを考える時、そこでどれだけ患者さんが癒されるか?また、会議室や学校の場合であれば、どれだけ皆のモチベーションが上がるか?そういうことは、技術や手法などハード面だけで実現できるものではなく、その空間の役割や相手がどうしたいか?を考えることが大切なんです。でもそういうふうに考えられるようになったのも最近なんですけどね...(笑)」

現在50代の志村さんは、40代までは技術や手法などハード面を率先して取り入れ磨いてきたという。しかしいろんな分野のプロフェッショナルと仕事する機会が増えてきた今、そこから生まれるセッションに新しい喜びを見つけ、前述のソフト面を第一に...という考え方へシフトしてきたのだと話す。



「こうやっていろんな人とセッションが組めるのも、この仕事の醍醐味ですね」

笑顔で語る彼の表情から、その新しい取り組みに可能性を見出し、楽しんでいる様子が伝わってきた。


では、これまでのどういう出来事が今の志村さんにつながっているのだろうか?
幼い頃の話から、学生時代、そして社会人になってからの留学経験などについて、引き続き話を進めていこう。

interior(n)interview 何かを生み出すという楽しさに出会う

志村さんが生まれ育った環境には、「何かを生み出す」ことが常にそばにあったのだそうだ。


「母方の祖父は戦前からの宮大工で、戦後もその傍ら家大工としても仕事をしていたんです。大工さんには、材料を加工する仕事場があるんですが、そこが幼い頃の遊び場でした。またその頃家が鎌倉にあったので、松竹の大船撮影所がすぐ近くだったんです。祖父はそこへも仕事で行っていました。だから撮影所も私にとっての遊び場。黒幕をくぐって撮影所に入ると、普段とは全く違う世界がそこに作り上げられているところに、グッと引き込まれましたね」

仕事場では、木っ端という木の切れ端がたくさん出るので、それを使って自分なりに見よう見まねで、小さい家や車を作っていたのだそう。そういう自分の世界に入って物を作ることが、とても楽しかったと振り返る。

「生み出てくる楽しさを知ったのは、この時期でしょうね。今思うと、恵まれていたんですね」

小学校に上がる前の時期は、いろんな体験をしたほうがいいと言われる。そういう感受性の豊かな時期の経験が、今の志村さんのベースになっているのだろう。

「小学校に上がってからのことで鮮明に覚えているのは、ドナルドダックの絵を描いて、祖母に褒められたことですね。それがとても嬉しくて、将来は絵を描く仕事、イラストレーターになろう!と思っていました」

その後、中学生の頃にはファッションデザイナーに、高校生になるとカーデザイナーに...と多少描く夢は変化していくものの、"何かを生み出す"ということは一貫して彼の中に生き続けていた。
そうして大学に上がる前、ついに志村さんは"インテリア"の世界に触れることとなる。それは、父親が実家を建てることになった時のこと。「自分の部屋をデザインしてみろ」そう言われた彼は、本屋でインテリアの本を手に取ったのだという。

「インテリアの本を見ていたら、"パース"というもので表現することを知りました。パースってステキだなと思ったんです。創造する部屋がパースで描くことで空間となって現れることに夢中になりました。今思うと、インテリアを本格的に意識し始めたのはこの時だったのかもしれませんね」


その後、大学に進学した志村さんが選んだのは、家具をはじめとするインテリアデザインの世界。この頃は木を削り、実際に家具を作っていたのだそうだ。そうして大学を卒業する頃、次に彼が目指したステージは、建築デザインの世界だった。

「実は建築学科の友だちに誘われて清水建設を受けてみたんです。その時は、名だたる建築家も有名な施工会社も全然知らないほど...。でも縁あって、入社することができました」

入社時のエピソードからも分かるように、志村さんが建築について本格的に学び始めたのは、入社後のこと。会社には建築に関するあらゆる資料・書籍があり、それらを通して学ぶうちに"建築って美しくておもしろい!"そう思うようになっていったのだという。 こうして始まった社会人生活は、彼が29歳の時に転機を迎える。

「ある日、海外留学のチャンスが来たのです。海外設計部で仕事をする先輩が呼んでくれて、"インテリアデザイナー"として勉強する機会をいただきました。シンガポールへ行くことになったのですが、当時英語がしゃべれなくて...。1カ月間、みっちり勉強してから行きましたよ(笑)」

そこでの経験や吸収したことは、今の志村さんに大きく影響しているようだ。彼の人生を左右する大きなエピソードであったと言っても過言ではないだろう。

「当時、日本ではホテルなどを設計する時に、建築家とインテリアデザイナーの立場が曖昧でした。しかし、海外ではインテリアデザイナーの立場がしっかりと確立されていました。"これからは日本でもインテリアデザインの価値が変わっていくだろう"そう考えたその先輩は、私を呼んでくれたのです」


"インテリアデザイン"は実際にその後、日本でどんどん広まっていったという。「先輩は先見の明があったのですね」と志村さんは語っていたが、それを第一線で学べたことも、大変貴重な経験だったはずである。
シンガポールへ行ってからは、実際にクライアントや建築家とのミーティングに参加。インテリアデザイナーはクライアントと近い存在なんだということ、また建築家とどのように話をするのかということなどを、体験しながら学んでいったのだという。

「相手のやりたいことをその立場になって考え、相手が考えている以上のことを提案する。いわゆるサプライズですよね。それがデザインをする人に必要なやさしさだと思います。そうすることで、相手を"やってみたいな!"という気持ちにさせるんです。これこそが本当のホスピタリティだと私は思っています」

現在、インテリアプランナーとして活躍する志村さんの"インテリアデザイン"の核は、この時の経験にあるのだろう。
その留学から帰国したあとの平成元年、志村さんが今も所属する株式会社フィールドフォー・デザインオフィス設立。
そこでの活躍については、次でじっくりご紹介していこう。

interior(n)interview 人とセッションする時のワクワク感

インテリアデザイナーからその経歴は始まり、現在ではインテリアプランナーとして活躍する志村さんが携わった仕事は、ホテル、病院、学校、オフィス、レストラン...とジャンルは多岐にわたる。その中で彼が心がけているのは、あらゆるものをやってみるということ。どれかひとつだけを極めるというやり方ではなく、いろいろやってみることで一本の筋が見えてくるはず。そういうふうに考えているのだそう。


「プロダクトデザインの思想にもあるのですが、ひとつずつは違っていてもいろいろやると共通点が見えてくるものなんです。その点がぶれないのが、一本芯が通っている真のスペシャリストだと思っています」

そういう信念でさまざまな案件に携わった中で、今一番彼の中で印象深い仕事とはどのようなものなのだろうか?

「2004年に携わった、MOKUZAI.comというショールームの仕事です。浜松に本社を置く内装用無垢木材専門メーカー マルホンさんの東京のショールームで、新宿のOZONEの中にあります。OZONEは、いわゆるプロフェッショナルアマチュアの方が足を運ばれる場所なので、このショールームでは多種多様のニーズに応え、ざまざまな種類の木材が見られるようになっています。50平方メートルくらいのスペースしかないのですが、あらゆるスタンスで木材に触れられるよう、天井・床・壁・椅子に多様な木材を使い、商品以外のエレメントを最少にしてデザインしています」


ショールームの概要は上記のとおりなのだが、これが出来上がるまでの過程に、彼にとっての印象深いエピソードがあったのだそうだ。

「この仕事では、プロジェクトの一番初めの段階から、クライアント・プロデューサー・マーケティングコンサルタント・グラフィックデザイナー・インテリアデザイナーなどざまざまなプロフェッショナルが一同に集まり、仕事をスタートさせたんです。それぞれの立場でセクショナリズムに入ることなく、"インテリアデザイン"のアイデアを出し合いました。ひとりひとりの才能がセッションすることで、ひとつの新しいかたちが生まれ、出来上がっていく。それを初めて体験したんです。今でもその緊張感や感動が忘れられないですね」

それまでの常識にとらわれることのない新しいアイデアが、このやり方を通して生まれたのだそう。

「昔は、自分のポテンシャルでひとりひとりにきっちり指示をして、仕事を進めていました。だから自分が思ったものが出てこないと、どうしてなんだ?と思うこともありましたね。でも今、それぞれのプロが各々のポテンシャルで生み出すものを合わせると、思いも寄らないものが生まれる。一見合いそうにないな...と思っても、見事にマッチすることもあるんですよね。これは新たな発見でした。その発見を逃さないことも大事なことです」

そういう作り手のワクワクがクライアントにも伝わったのだろうか。これに続いて、浜松にあるマルホン本社のショールームの仕事も手掛けることになったのだという。


「本社のショールームは、東京のショールームとは別のコンセプトで考えていきました。800平方メートルの広さに、ぎっしり木を敷き詰めたんです。ショールームって、商品が小さくてちょっとしかないイメージがありませんか?でもここでは、フルサイズで全部見せます!というものにしました。コンテナをイメージした入り口のドアをくぐると、そこには一面の木材。仲間同士で来ていても、皆さん無心で見て回ると言います。カニを食べている時に無言になるみたいな感覚です(笑)人が行動することをデザインしたそんなショールームになっています」

ショールームは、商品を見せる場所だから商品が主役。そう考える人も多いかもしれない。しかし志村さんの考えには常に"人"が中心にある。人が商品を見て回る時にどうしたらワクワク楽しめるか。その答えがこのショールームに詰まっている。

今回ご紹介したのは、これまで志村さんが手掛けた仕事のごく一部である。もちろん今現在も、新しい仕事が進行中とのことだ。まだここではご紹介できないが、志村さんの日々の好奇心から生み出された新しいアイデアが随所にちりばめられていることだろう。

interior(n)interview 仕事を遊びに置き換え、とにかく楽しむ

今回の取材中、何度か話に挙がったのは「仕事は楽しく遊び、遊びは真剣に集中」ということ。「仕事と思うと、その瞬間から全てが楽しくなくなってしまうでしょう」と志村さんは語る。
とはいえ、実際のところ9割はツライ仕事であり、心から楽しめることなんて残りの1割くらいしかないだろう...と皆さん思うのではないだろうか。


「では、どうやって楽しくするか?私は、うまくいった時のイマジネーションが、そのほかの時のモチベーションにすべてつながっていると思っています。まず遊んでみることで、新しいものが生まれるということを、今の自分は体感して知っている。だから遊びモードになれるのかもしれません」

仕事を遊びに置き換える。そしてまた逆も然り。

「私の中では、仕事をONだとすると遊びはOFFではなく、CHARGE。視野が広がっている分、いろんなことを取り入れやすくなっている時だと自分で思っています。刺激を受けることが好きなので、普段からよく歩き回っていますよ」

夜のショーウィンドウが好きで、デジタルカメラ片手によく歩き回るという志村さん。また奥さんに付き合ってのウィンドウショッピングも大好きだそうで、一緒に出かけては、気になる物をたくさんコレクションしているのだそう。

「ハガキやパンフレットなど、"シンプルに誰かに何かを伝えるもの"に非常に惹かれますね。ショーウィンドウも同じ。そこに伝えたいこと、コンセプトが凝縮されてるんです。今はもっとシンプルに表現できたら...と思っているので、そのポイントを見極めることを大事にしています」

海外に行った時にも2週間くらいの滞在で、街全体を網羅するほど歩き回るのだという。全身好奇心でいっぱいなので、まったく疲れを感じないくらいなのだとか。

「日頃から、何にでも好奇心を持って好きになり、まずは食わず嫌いせず飲み込んでみるということを心がけています。どんなジャンルでも積極的に目のシャッターを切り続けている感じですね」

取り入れる時には、選り好みせずどんどん吸収する。そうして集めたアイデアは蓄積して、アウトプットする段階でそれらをどう組み立てようか?と考えるのだという。

「私たちの仕事は、クライアントの夢を叶えること。だから求められる条件はその時々で変わります。提示された条件に合わせて、自分の中に蓄積されたものをどう組み合わせるか?もちろん手法もありますが、そこに思想や物の考え方が加わることで、そのアイデアに深みが出てくるということを、最近実感しています」


相手の要望に対して、その想像を超えるサプライズをもって応える。その姿勢を貫く裏側には、こうした日々の積み重ねがあるということなのだ。
とはいえ、時に忙しくなると忘れがちになることもあるだろう。しかし、志村さんはそれに対してこう語る。

「そうまでして忙しくしたいとは思わないですね。情報を自分の中にインプットする余裕がないと、気持ちまで疲れてしまいます。こういうことは最後にきちっと取っておくためにやるわけです。だから日々の仕事を効率よくするということも大切ですよ」

そうは言っても、若い頃はやりたいようにはできないことも多い。しかしそういう時期だからこそ、インプットする時間は積極的に取るべきだとも話す。

「不満ではなく、こうしたい、ああしたいという想いがあれば、それができる時期になってから生きてくるんです」

アイデアを生かして実現できる時がなかなか来なくても、自分の中に蓄積された物は消えることはない。その時にしか得られない情報、瞬間を大切に。今の若い人たちへ、志村さんからのメッセージになるだろうか。


では最後に、志村さんがこれから挑戦してみたいということについて語っていただいた。

「木を使った仕事をどんどんやっていきたいですね。木は扱いが難しいですし、実際のところ費用もかかります。でも、自然からもらえる栄養や感覚を、それを必要とする人たちへ届けていきたいんです。ひとつのホスピタリティですね」

私たち人間は、自然によって支えられ生きている。その中で私たち人間が作り出したものは、所詮自然を超えられないということは、もう古くから言われていることでもある。しかしそれであきらめてしまうのではなく、木と上手く付き合っていくということを考え、その活動を広げていきたいのだそうだ。

自分のベースは家具と語る、志村さん。実際、木を削り、家具を作るというところから"インテリアデザイン"との関わりは始まっている。そんな彼がいろんな仕事に携わった結果、原点の「木」に行き着いたということなのだろう。


いつでも好奇心溢れる志村さんが、どんなアイデアで、新しい物を生み出すのか。それを待つこちらも、今からワクワク待ち遠しい。

株式会社
フィールドフォー・デザインオフィス
志村 美治

http://www.field4.co.jp/

1954年 神奈川県鎌倉生まれ。
1979年
武蔵野美術大学 大学院 造形研究科修了
(工芸・工業デザイン学科)
1979-89年
清水建設株式会社 建築設計本部勤務
1985-86年
チャダ,シィエンビエナアソシエイツ
(シンガポール)
1989-05年
フィールドフォー・デザインオフィス
取締役デザイン部長
2006-現在
清水建設株式会社 設計・プロポーザル統括設計本部主査、フィールドフォー・デザインオフィス 取締役デザインディレクター兼任

そのほか、武蔵野美術大学(工芸工業デザイン学科特別講師)や共立女子大学(非常勤講師)で教える傍ら、東京インテリアプランナー協会会長も務めている。

志村 美治さんのライフバランス


起床



パーソナルワーク
個人完結型の仕事をこなす時間




コラボワーク
オフィス内でスタッフとの
セッションタイム





パブリックワーク
外部の仲間との次へ活かせる
種まきワーク




就寝

志村 美治さんへQuastion

Q.
行き詰まった時の解消方法とは?
A.
長く考えないことです。他のことを考えてみると案外解消できるものです。
でも昔、そうして同席していた現場監督に叱られたことがあります。自分の中では、そこに戻すために別のことを考えているという感じなんですけどね。それが伝わらなかったのかもしれません...。
Q.
仕事のうえで欠かせないものは?
A.
単発的な「集中力」と、自らを壊すための「モチベーション」ですね。自分は短距離走者向きなので、パッパッと短く集中してやるのが向いていると思います。
また実際の"モノ"自体は特にないです。何か描く時にも、そこらの紙と鉛筆で描いちゃいます。
Q.
気がつくと身の回りに集まっているものは?
A.
普段歩き回って集めたものたちです。アドバタイジングアイテムやちび本、カード、タグなど...。いろいろあります。海外へ行ってその内容が分からなくても「いいな!」と思ったものはもらって来ます。だから帰りのスーツケースがとても重いのです。 集めているアドバタイジングアイテムやちび本、カード、タグなど...
Q.
最近読んだ本は?
A.
『間ー20年後の帰還』 『間ー20年後の帰還』という本です。
この『間』という展覧会は、1970年代にパリやニューヨークで行われて好評だったものが再構成され、2000年に東京芸術大学の美術館で行われたんです。その時に販売されていた図録です。
日本の文化が詰まった一冊。私たちのDNA、根底に流れているものを感じます。
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